こんにちは、AYUMIです。
今日のタイトルについて。
もう、いきなりズバリですが、過剰な「分析」です。
人って、理由がわからないことに対して不安や恐れを抱く性質があります。
だから、知ろうとします。
これは、ある意味自然なこと。
でも、いつもいつも、自分の納得できる答え(あるいは正解)を探す癖があると、物事は進みません。(これは、あくまでも心の世界の話しです)
進まないとどうなるのかといえば、「形にならない」ということです。
別の言い方をすると「現実が変わらない」ということ。
思考のループにドハマりする可能性が高くなります。
もちろん、分析することが悪いとか無駄だとは言っていません。
でも、過剰な分析は、情報の過負荷や意思決定の困難さに繋がることもあります。
あるいは、分析してそこで満足して終わり!となる傾向も強いように思います。
そうすると、物事の表面だけにしか目がいかず、大事なことに「気づく」きっかけを逃してしまう可能性が出てくるということです。
これは、自分の見たくないものを遠ざける、大事なことから目をそらす防衛本能として、無意識レベルで出てくる方もいらっしゃるでしょう。
分析は、その時の自分が知っている、あるいは使っているツールを使うことが多いと思います。
そのツールを用いて、細かくラベリングをしていくようなもの。
でも、いつの間にか、ラベリングすることが「目的」になってしまっているケースがあります。
「そこ」じゃないよね、ということが、日々の中でも起こりがちです。
物事ってグラデーションになっていると思います。
つまり、「白か黒か」ではなくて無数の答え「らしき」ものがあるということ。
ということは、その時のあなたがどれを選んでもそれが答えだということ。
それに、人の気持ちは変わります。
変われば、それまでの景色が違って見えることもあります。
答え探しで、留まるよりも。
わからないままでも、一歩動くことで、そこから場面展開が変わることはよくあります。
本当は何もわからないことこそが、「自由」であり、それこそが可能性の扉を開ける大事なきっかけ。
少しずつでも、そこに気づいていくと、分析している時間がもったいない!ってなっていきます♪